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横浜地方裁判所 平成6年(行ウ)30号 判決

原告

松田大

被告

長洲一二(口頭弁論終結後死亡)

外四名

右被告ら訴訟代理人弁護士

岡昭吉

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  事案の概要

神奈川県知事であった被告長洲一二(以下「被告長洲」という。)と同県議会議長であった被告鈴木一誠(以下「被告鈴木」という。)は、平成五年六月に行われた皇太子と皇太子妃との結婚の儀と饗宴の儀とに神奈川県(以下「県」ということがある。)から旅費の支出を受けて出席したところ、県民の原告が、右の支出は、政教分離の原則に反する等の違法があるとして、県に代位して、右被告ら及び県の関係職員に対し、損害賠償あるいは不当利得返還を求めた。これが、本件の事案の概要である。

第二  原告の請求

一  被告長洲、同三浦修(以下「被告三浦」という。)及び同今野勝(以下「被告今野」という。)は、各自神奈川県に対し、金二万六四〇〇円及びこれに対する平成七年二月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告長洲、同鈴木、同由井勲(以下「被告由井」という。)及び同今野は、各自神奈川県に対し、金六三〇〇円及びこれに対する平成七年二月二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第三  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  当事者

(一) 原告は、神奈川県の住民である。

(二) 平成五年六月当時、被告長洲は神奈川県知事、被告鈴木は神奈川県議会議長、被告三浦は県総務部秘書室室長代理、被告由井は県議会事務局総務課課長代理、被告今野は県出納局出納課課長代理の、それぞれ地位にあった。

2  公金支出

(一) 平成五年六月九日に皇太子と皇太子妃との結婚の儀(以下「結婚の儀」という。)が、同月一七日にその宮中饗宴の儀(以下「饗宴の儀」という。)が国事行為として行われたところ、県は、被告長洲に対し、結婚の儀に出席するための旅費として二万三一〇〇円を、饗宴の儀に出席するための旅費として三三〇〇円を支出した(以下「本件公金支出(一)」という。)。

(二) また、県は、被告鈴木に対し、結婚の儀及び饗宴の儀に出席するための旅費として各三一五〇円(合計六三〇〇円)を支出した(以下「本件公金支出(二)」という。また、本件公金支出(一)(二)をまとめて、以下「本件公金支出」という。)。

3  本件公金支出の違憲性と被告長洲及び被告鈴木らの不当利得

結婚の儀は、私事であり、かつ、神道儀式である。国が結婚の儀及びこれに伴う饗宴の儀を国事行為としたことは、憲法二〇条(国の宗教的活動の禁止)及び八九条(宗教への公金支出の制限)等並びに皇室経済法四条及び五条に反し違憲違法である。したがって、県が結婚の儀及び饗宴の儀に県知事の被告長洲と県議会議長の被告鈴木とを出席させ、旅費として本件公金支出をしたのは、違憲違法であり、被告長洲及び被告鈴木はそれぞれ2記載の金額を不当に利得している。

4  被告らの損害賠償についての責任原因

(一) 被告長洲関係

(1) 被告長洲は、平成五年六月当時、県の事務を管理執行する立場にあり、公金支出の支出負担行為及び支出命令をする包括的権限を有していた。そして、被告長洲は右権限を行使して、本件公金支出を行った。

(2) 被告長洲は、国事行為としてされる結婚の儀及び饗宴の儀が3のとおり違憲であることを知っていたか、知らないとしてもそのことに重大な過失があった。

(3) 被告長洲は、補助機関である県職員を指揮監督すべき立場にあったにもかかわらず、補助職員により違法な本件公金支出がされようとしているのを漫然と放置した。

(4) よって、被告長洲は、故意または過失により違法な本件公金支出をさせたのであるから、県に対して損害賠償責任を負う。

(二) 被告三浦関係

(1) 被告三浦は、平成五年六月当時、県の総務部秘書室室長代理の地位にあり、被告長洲から知事の旅費等の支出負担行為及び支出命令を行う権限の委任を受けていた。そして、被告三浦は、右権限を行使して、本件公金支出(一)に係る支出行為をした。

(2) 被告三浦は、国事行為としてされる結婚の儀及び饗宴の儀が3のとおり違憲であることを知っていたか、知らないとしてもそのことに重大な過失があった。

(3) よって、被告三浦は、故意または過失により違法な本件公金支出(一)をさせたのであるから、県に対して同額の損害賠償責任を負う。

(三) 被告由井関係

(1) 被告由井は、県議会事務局総務課課長代理の地位にあり、被告長洲から県議会議長の旅費等の支出負担行為及び支出命令を行う権限の委任を受けていた。そして、被告由井は、右権限を行使して、本件公金支出(二)に係る支出行為をした。

(2) 被告由井は、国事行為としてされる結婚の儀及び饗宴の儀が3のとおり違憲であることを知っていたか、知らないとしてもそのことに重大な過失があった。

(3) よって、被告由井は、故意または過失により違法な本件公金支出(二)をさせたのであるから、県に対して同額の損害賠償責任を負う。

(四) 被告今野関係

(1) 被告今野は、県出納局出納課課長代理の職にあり、被告長洲から、県知事及び県議会議長の旅費等の支出を行う権限の委任を受けていた。そして、被告今野は、右権限を行使して、本件公金支出を行った。

(2) 被告今野は、国事行為としてされる結婚の儀及び饗宴の儀が3のとおり違憲であることを知っていたか、知らないとしてもそのことに重大な過失があった。

(3) よって、被告今野は、故意または過失により違法な本件公金支出をさせたのであるから、県に対して同額の損害賠償責任を負う。

5  監査請求

原告は、平成六年六月三日に本件公金支出に関し県が被った損害を回復するために必要な措置を講ずるように県監査委員に請求をした。県監査委員は、同年七月一八日に右措置請求が理由がないとして棄却した。

6  よって、県は、(一)(1)共同不法行為責任に基づき、被告長洲、同三浦及び同今野に対し本件公金支出(一)に係る二万六四〇〇円の、(2)被告長洲、同由井及び同今野に対し同(二)に係る六三〇〇円の損害賠償請求権を有し、また(二)被告長洲に対し二万六四〇〇円の、同鈴木に対し六三〇〇円の不当利得返還請求権を有する。

そこで、原告は、県に代位して被告らに対し第二「原告の請求」欄記載の判決を求める。

二  被告三浦、同由井及び同今野の本案前の主張

被告三浦、同由井及び同今野は、旅行命令権者の命令がある以上これに従わざるを得ず、原告主張のような結婚の儀及び饗宴の儀の違憲性を判断する立場にはない。したがって、本件訴えのうち、右被告らを当事者とする部分は、被告適格を欠き、却下されるべきである。

三  本案前の主張に対する原告の主張

本案前の主張は争う。

四  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3のうち、国が結婚の儀及びこれに伴う饗宴の儀を国事行為としたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

皇太子が皇位継承の第一順位者であり、将来日本国の象徴である天皇に即位する立場にあるから、皇太子の結婚の儀及び饗宴の儀は、国事行為たる儀式として行われた。また、被告長洲及び被告鈴木は、宮内庁長官から案内を受けて両儀式に参列した。参列は、社会通念上相当な行為であり、本件公金支出は違法ではない。被告長洲及び同鈴木は参列のための旅費を不当に利得はしていない。

3(一)(1) 同4(一)(1)のうち、被告長洲の権限に関する事実は認め、これを行使したとの点は否認する。

被告長洲は、本件公金支出の支出負担行為及び支出命令をしていない。これは被告三浦又は被告由井が専決として行ったものである。なお、被告長洲は、旅行命令権者として旅行命令を発したものである。

(2) 同4(一)(2)のうち、結婚の儀及び饗宴の儀が国事行為としてされたことは認め、その余は否認する。

(3) 同4(一)(3)のうち、漫然と放置したとの点及び本件公金支出が違法であるとの点は争う。その余は認める。

(4) 同4(一)(4)の事実は否認し、主張は争う。

(二)(1) 同4(二)(1)のうち、被告三浦が知事から委任を受けて支出負担行為をしたとの部分は不正確であり、その点は次のとおりである。その余は認める。

被告三浦は、県財務規則により旅費に関する支出負担行為を専決しかつ自己が専決した支出負担行為にかかる支出命令を専決する権限を有しており、これを行使して、被告長洲に関する支出負担行為及び支出命令を専決した。

(2) 同4(二)(2)は否認する。旅行命令権者である被告長洲により旅行命令がなされたので、被告三浦としては、本件公金支出(一)にかかる支出負担行為及び支出命令を専決した。被告三浦は、旅行命令の実体にまで立ち入りその適否を判断して支出負担行為及び支出命令をすべき義務を負わない。

(3) 同4(二)(3)の事実は否認し、主張は争う。

(三)(1) 同4(三)(1)のうち、被告由井が知事から委任を受けて支出行為をしたとの部分は不正確であり、その点は次のとおりである。その余は認める。

被告由井は、県財務規則により旅費に関する支出負担行為を専決しかつ自己が専決した支出負担行為にかかる支出命令を専決する権限を有しており、これを行使して、被告鈴木に関する支出負担行為及び支出命令を専決した。

(2) 同4(三)(2)は否認する。旅行命令権者である被告鈴木により旅行命令がなされたので、被告由井としては、本件公金支出(二)にかかる支出負担行為及び支出命令を専決した。被告由井は、旅行命令の実体にまで立ち入りその適否を判断して支出負担行為及び支出命令をすべき義務を負わない。

(3) 同4(三)(3)の事実は否認し、主張は争う。

(四)(1) 同4(四)(1)のうち、被告今野が知事から委任を受けて支出行為をしたとの部分は不正確であり、その点は次のとおりである。その余は認める。

被告今野は、県出納事務決済規程により、県財務規則所定の支出負担行為に関する確認事務及び支出命令の審査事務を専決する権限を有しており、これを行使して、本件公金支出に関する支出負担行為に関する確認及び支出命令の審査を専決した。

(2) 同4(四)(2)は否認する。旅行命令権者である被告長洲及び被告鈴木により旅行命令がなされたので、被告今野としては、本件公金支出にかかる支出負担行為の確認及び支出命令の審査を専決した。被告今野は、旅行命令の実体にまで立ち入りその適否を判断して右確認審査をすべき義務を負わない。

(3) 同4(四)(3)の事実は否認し、主張は争う。

4  同5の事実は認める。

第四  主な争点

一  専決をした被告らの被告適格の有無

二  本件公金支出の原因となった結婚の儀及び饗宴の儀の違憲違法性の有無

三  結婚の儀及び饗宴の儀への県知事及び県議会議長の参列の違法性の有無

第五  争点についての判断(争いのない事実及び一度証拠で認定した事実は、原則としてその旨をことわらない。証拠で認定する事実については、認定に供した主な証拠を適宜事実の前後に略記する。)

一  被告三浦、同由井及び同今野の被告適格の有無

被告三浦、同由井及び同今野は、「本件訴えのうち右被告らに関する部分は、結婚の儀及び饗宴の儀の違憲性の判断権限のない右被告らに対するものであり、不適法である。」旨を主張する。

1  専決関係と被告適格

地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」とは、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味するものである。そして、同号所定の「当該職員」に対する代位請求住民訴訟が、普通地方公共団体が「当該職員」に対して有する実体法上の損害賠償請求権又は不当利得返還請求権を住民が代位行使する形式によるものであり、右各請求権は民法又は地方自治法二四三条の二第一項に基づくものであることにかんがみると、右の財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する普通地方公共団体の長等からの権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者としての「当該職員」には、当該普通地方公共団体の内部において、訓令等の事務処理上の明確な定めにより、当該財務会計上の行為につき法令上権限を有する者からあらかじめ専決することを任され、右権限行使についての意思決定を行うとされている者も含まれるものと解するのが相当である(最高裁平成三年一二月二〇日第二小法廷判決・民集四五巻九号一五〇三頁)。

2  被告三浦及び同由井関係

(一) 県財務規則により、被告三浦は県知事の、被告由井は県議会議長の、各旅費についての支出負担行為及び支出命令を専決する権限を付与されていた(県財務規則二条四号、一八条一項三号同条三項一号、七〇条一項二号、同条二項一号)。そして、被告三浦は右専決権限に基づき本件公金支出(一)の、被告由井は右専決権限に基づき本件公金支出(二)の、各支出負担行為及び各支出命令を専決した。

(二) したがって、被告三浦及び被告由井は、専決により処理した右の支出負担行為及び支出命令の適否が問題とされる本件訴訟において、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当し、被告適格を有するというべきである。右被告両名の本案前の主張は理由がない。

3  被告今野関係

(一) 被告今野は、県出納事務決済規程一一条二号により、県財務規則一八条一項三号ア所定の支出負担行為に関する確認事務及び支出命令の審査事務を専決する権限を有しており、これを行使して、本件公金支出に関する支出負担行為に関する確認事務及び支出命令の審査事務を専決した。

(二) したがって、被告今野は、専決により処理した右の支出負担行為に関する確認事務及び支出命令に関する審査事務の適否が問題とされる本件訴訟において、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」に該当し、被告適格を有するというべきである。被告今野の本案前の主張は理由がない。

二  本案における主な争点と判断の順序

原告は、本件公金支出の原因となった結婚の儀に違憲違法な点があるために本件公金支出が違法であるとして、当時の県知事である被告長洲、当時の県議会議長である被告鈴木及びその余の財務担当の被告らに対し、県に代位して損害賠償を求めている。

支出の原因となった行為が違憲であれば支出も原則として違法性を帯びることになるので、まず、結婚の儀及び饗宴の儀に違憲な点があるかを検討する。

三  結婚の儀及び饗宴の儀の内容等

1  原告指摘の論点

原告は、結婚の儀が私事の神道儀式であり、この結婚の儀及び饗宴の儀が国事行為とされた点が政教分離の原則に反し、違憲違法である旨を主張する。そこで、まず、結婚の儀及び饗宴の儀の内容、沿革等を検討することとする。

2  結婚の儀の内容等

(一) 結婚の儀の内容

皇太子の結婚に際しては一連の儀式が行われるが、その中心となる儀式が結婚の儀であり、原告の最も問題とするところでもあるので、まずその内容を検討する。

皇太子と皇太子妃の結婚の儀は、平成五年六月九日午前一〇時から三〇分間程度の間に行われた。結婚の儀の行われた場所は、宮中三殿(賢所(かしこどころ)、皇霊殿及び神殿)の中で最も重要な儀式が行われる賢所(皇祖神の天照大神(あまてらすおおみかみ)を祭る場所)であり、天皇皇后を除く皇族、皇太子妃の両親ら親族、三権の長、国会議員代表、各大臣、検事総長、最高裁判事、事務次官、自治体代表らの夫婦合計約八〇〇名が賢所の前庭に参列した。

このときの式次第は、皇太子が束帯(平安時代以降天皇等が朝廷の公事の際に着た正式の服装)を、皇太子妃が十二単の衣装を身に付け、両名は賢所の回廊から内陣に進んで、着席する。次いで、皇太子が掌典長(神職であり、皇室の私的使用人である。)から玉串(神に捧げるもので、榊でできたもの)を受け取り、ご神体(神霊が宿るものとされ、礼拝の対象物)の鏡(三種の神器の一つ)が祭られた賢所の内々陣に向かって、これを捧げて、立って座っての拝礼を四回繰り返し、この間皇太子妃は座ったままお辞儀をする。拝礼の後、皇太子が、「今後は互いに親しみ変わりのないことを誓い、神の加護を祈る。」趣旨が万葉仮名で書かれた結婚を誓う「告文」を読み上げる。続いて両名は、外陣に移り、掌典長の注ぐ御神酒を口にし、拝礼して退出する。この前後には雅楽歌が歌われる。以上のような結婚の儀が予定どおり行われ、これにより皇太子と皇太子妃の婚姻が成立した。

次いで、皇太子と皇太子妃の両名が退出し、その後参列者が退出し、結婚の儀は終わった。

(概ね(一)全体につき、甲一の一から三、甲二の一。なお、甲一の一から三は、新聞記事であるが、事前に宮内庁等からマスコミ関係者に説明されたことを基礎にして記載されたであろうと予想され、事柄が客観的な事実に関するものであり、本件で他により適切な証拠がないので、ある程度はこの新聞記事によった。)

(二) 結婚の儀の沿革

この結婚の儀は、後記の朝見の儀及び饗宴の儀と共に、明治三三年に行われた大正天皇の結婚式の際に考案され、その内容は、明治四三年に制定された皇室親族令(同年皇室令第三号)に規定された(甲三の一)。大正一三年一〇月に結婚した昭和天皇は、これにならって賢所大前の儀(戦後はこれが結婚の儀といわれることとなった。一般の結婚式に当たるものである。)を行った。戦後になると、皇室親族令が廃止されたが、昭和三四年四月に結婚した現天皇の場合にも、今回の皇太子の結婚の儀の場合も、様式ないし式次第は、大正天皇の結婚の儀に沿ったものであり、皇室の結婚式は戦後もほとんどこの形式によっている。

ちなみに、一般国民の場合、もともとは各家庭で伝統的な結婚式を挙げていたが、右の大正天皇の結婚式を機に、神前結婚式を行う男女が増えたとの報告がある。

((二)全体につき、甲一の一から三、甲二の一、甲三の一)

3  関連の儀式

2(一)のとおり結婚の儀を終えて夫婦となった皇太子及び皇太子妃は、2(一)に引き続き、平成五年六月九日の午前一一時ころに歴代天皇の霊を祭る皇霊殿に拝礼した。これは、皇霊殿・神殿に謁するの儀と呼ばれる。

次いで同日午後三時ころに宮殿の松の間で朝見の儀が行われた。これは、皇太子が燕尾服、皇太子妃が白のロングドレスに天皇から贈られたばかりの勲一等宝冠章を着け、天皇皇后に結婚式を済ませたことの礼を述べ、両陛下から祝福の言葉を受け、杯を受ける儀式である。

朝見の儀を終えた皇太子夫妻は、午後四時四五分ころから皇居を出て東宮御所までの四キロメートル余りをオープンカーでパレードした。パレードが約二〇分の予定で行われ、沿道の多数の人が両名の婚姻を祝った。(3全体につき、甲一の二・三)

4  饗宴の儀の内容等

結婚の儀から一週間後の平成五年六月一五日から一七日の三日間に亘り合計六回、宮中饗宴の儀が行われた。これは、一般の結婚式の披露宴に当たるもので、各界の代表約二七〇〇名が招待された。そのために要したのは主に食事や土産物の費用で合計約一億七八〇〇万円であり、これは国の予備費から宮廷費の区分で支出された。(甲一の二から四、甲二の二)

四  結婚の儀及び饗宴の儀が国事行為とされたことの適否

1  原告指摘の論点

原告は、結婚の儀及び饗宴の儀が国事行為としてされたこと(この事実自体が争いがない。)を政教分離違反である旨を主張する。そこで、まず、これらの儀式が国事行為とされたことの適否を検討することとする。

2  国事行為の意義

国事行為とは、憲法三条、六条、七条等に基づき、天皇が、内閣の助言と承認により行う行為をいうわけであるが、それは、天皇以外の国家機関が決定した行為について天皇が儀礼的名目的に参加するものであり、天皇が自主的に決定できるものではないと解するのが相当である。そして、憲法七条一〇号には国事行為の一つとして、「儀式を行うこと」が規定されており、それは、国家的な性格を有する儀式を行うことを意味し、成文法や慣習法で認められているものに限られず、社会通念上国家的儀式と考えられるものを含むと解される。

そこで、結婚の儀及び饗宴の儀と国事行為性について検討する。

3  皇太子の結婚と国事行為性

(一) 皇太子の地位と結婚の儀の性格

天皇は日本国民の統合の象徴であって(憲法一条)、皇位は、世襲のものであり、皇室典範の定めるところにより継承される(憲法二条)。皇位は皇統に属する男系の男子が継承し、皇太子は第一順位の皇位継承者である(皇室典範一条、二条)。したがって、皇太子の婚姻は、将来の皇位を継承する者と将来の皇后となる者の婚姻であり、皇族男子の婚姻の一つでもあるから皇室会議の議を経なければならない(皇室典範一〇条)。このように、皇太子の婚姻は、私人同士の婚姻という純粋な私的行為の域を超える性格を有するのであり、その意味で公的な性格を帯びるものというべきである。

しかも、事柄が、将来の国の象徴となる皇太子の婚姻という華やかな門出を祝うというものであるから、国民全般がこれを共に祝いたいという意向にあり(甲一の一から三、甲一の五)、「皇太子徳仁親王の結婚の儀の行われる日を休日とする法律」(平成五年四月三〇日法律第三二号)も制定施行されたという事情もある。

(二) 政府見解

政府見解について見ると、現天皇が皇太子であった時の婚姻に際し、内閣法制局次長は、昭和三四年三月六日の予算委員会において、「皇太子殿下の国法上の地位にかんがみて、国民的関心が高まることなので、結婚の儀とそれを中核とするいろいろの儀式を国事行為とすることは差し支えない。」と述べ、このときの婚姻は国事行為とされた(甲三の三の三〇七頁)。また、本件で問題とされている結婚の儀を国事行為とすることにつき、宮尾宮内庁次長は、平成五年四月二二日衆議院内閣委員会において、「結婚そのものは私事であるが、皇太子は将来象徴となる存在。国民の関心が高く、国民的慶賀の対象となる。」と説明した(甲四二の二)。

(三) 原告の主張に対する判断

原告は、皇太子と皇太子妃との婚姻をすべて両者の私事とのみ捉えるべきであると主張するようであるが、憲法上の地位に連なる皇太子の結婚を単なる私人の私的行為とのみ捉えることは相当でなく、原告の右主張は採用することができない。

4  国事行為とされたこと自体の適否

以上のとおりであり、3(二)が不合理であるとの特段の理由も見当たらないから、結婚の儀及び饗宴の儀は、将来の国の象徴となる皇太子の結婚という極めて公的性格が強い儀式を国民と共に祝うためのものであり、社会通念に照らしても、国が結婚の儀及び饗宴の儀を国事行為としたことは、適法であり、両儀式には本来私事である儀式を国事行為としたというような違法はない。

五  結婚の儀及び饗宴の儀の宗教とのかかわり合いの有無・程度

1  原告指摘の論点

原告は、結婚の儀が宗教儀式であるから違憲違法である旨を主張する。そこで、結婚の儀の宗教とのかかわり合いの有無・程度を検討する。

2  結婚の儀の宗教とのかかわり合いの有無・程度

(一) 皇太子の結婚の儀は、三2(一)(二)のような内容であることからすると、一組の男女が婚姻を真摯に誓うために行われる儀式であるということをもちろん主とするものであるが、①その真摯な気持を神の前に誓い神の加護を祈るという形式を採っている上、②その神が天孫降臨神話においては天皇家の祖先神とされる天照大神であり、その儀式を司るのが掌典長という神職でありかつ皇室の使用人であること、③皇太子と皇太子妃が着用した本格的伝統的な衣装、内々陣への拝礼、神の加護を祈るという誓い等の点で、式の厳粛性、荘厳性の程度が際だって高く、日常性を払拭していること、④式場が天照大神を祭るところとして皇居に設けられ他の重要な宗教的な儀式も行う賢所であって、一時的な借り物のような場所ではないこと、⑤式次第が、大正天皇の結婚式の際に考案され、戦前は法令の形式で定められていた内容に基づくもので、その後歴代の皇太子の結婚式で行われたところを基本的に踏襲したものであり、その意味で伝統があること、以上のような特色があり、婚姻の誓いを神前の儀式の形式を借りて行うというだけにとどまらない宗教的儀式の一面を有しているということができる。

(二) なお、宗教を全く信奉していない一般の男女が神式や教会式の結婚式を挙げることも世上多く見られるところであるが、その場合には神道やキリスト教の儀式を通常はいわば形式上一時的に借りているというのが実体に即したことと考えられる。そして、その場合における結婚式には宗教的な意味合いがほとんどないと考える方が妥当であると思われる。

しかし、皇太子の結婚の儀は、右の世間一般の神前結婚式と似ている点もあるが、(一)のとおり神とのかかわり合いの程度がより具体的で強固である等の特色があるから、婚姻の誓いを神前の儀式の形式を借りて行うというだけにとどまらない宗教的な色彩を感じさせるものとなっているというべきである。

3  結婚の儀と政教分離との関係

(一) 政教分離の限界を画す基準

このように結婚の儀は宗教とのかかわり合いがあるから、これを国事行為として執り行うことが政教分離の見地から許されないかどうかを検討する必要があるが、この点の判断については、次のような基準によるのが相当であると解される。

すなわち、憲法二〇条三項は「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」と規定しているところ、国家が社会生活に規制を加え、あるいは教育、福祉、文化などに関する助成、援助等の諸施策を実施するに当たって、宗教とのかかわり合いを生ずることを免れることができないから、現実の国家制度として、国家と宗教との完全な分離を実現することは、実際上不可能に近いものといわなければならない。国家と宗教との分離にもおのずから一定の限界があることを免れず、宗教とのかかわり合いをもたらす行為(本件でいえば、結婚の儀)の目的と効果とにかんがみ、わが国の社会的・文化的諸条件に照らし信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で、国家あるいは自治体と宗教とのかかわり合いが相当とされる限度を超えるものと認められる場合には、かかわり合いを持つことは許されなくなる(津地鎮祭に関する最高裁昭和五二年七月一三日大法廷判決・民集三一巻四号五三三頁参照)ので、そのような程度を超えるかどうかを検討する必要がある。

(二) 結婚の儀の目的

結婚式は、結婚をする当事者がその誓いをし、関係者が祝福するためのものであり、結婚は古来から何らかの儀式を伴うものとして行われてきたのが通例である。そして、その儀式は、厳粛に行うため、それに伴い、少なくとも外形的には宗教的な儀式の形式によることに馴染みやすいといえるであろう。今日国民の多くが神式と教会式により結婚式をしているのもその影響を受けていると思われる。その点は、皇太子にとっての結婚式の場合も変わらないであろう。皇太子が婚姻をする際に仮に儀式(宗教的な儀式を含む。)と無縁でなければならないとすれば、今日国民の多くがしている結婚式を皇太子の場合に限ってはおよそすることができなくすることであり、理不尽なことは明らかである。このように皇太子が結婚を行うのに、儀式を伴うことはむしろ自然なことであり、それにつき宗教的な儀式によることも、むしろ自然なことであると考えられる。

結婚そのものは右のとおり私事でそれに通常儀式が伴うところ、皇太子の結婚の場合は、将来国の象徴となる者の結婚であり、国民の関心が極めて高く、国民的慶賀の対象となるので、国は、結婚の儀を国事行為としたものであることは前記認定のとおりである。反対に、将来の国の象徴である皇太子の結婚という特に国民的な関心の極めて高い行事について、これを私事として放置することは、国の立場としてできないことであったと解される。このように結婚の儀を国事行為として実施する国の方針は、国民の意向に沿うことであり、国民意思に応えようとすることに主眼があったものといってよい。

なお、国は今回の皇太子の結婚の儀について前記三2(二)のとおり現天皇皇后の結婚の儀に倣って行ったが、それは、結婚に儀式性が伴うこと、皇太子にとっての結婚の儀式をどのような様式にするかということになると、皇室の伝統的な儀式にするのが自然な選択肢となること、そのようなことから皇室の伝統的な儀式に沿って行われたものであり、他の目的があったというような事情は見られない。したがって、結婚の儀が前記2のとおり宗教的な性格を多少帯びたものとなったが、それは、右のとおりの理由によるのであり、いずれにしろ結婚の儀の主目的は、憲法上国の象徴の地位にある天皇に将来なることが予定されている皇太子の結婚を国民と共に祝うということにあったというべきであり、これに宗教的な目的があったものとは認められない。

(三) 結婚の儀により得られた結果・効果

国が結婚の儀を国事行為として実施したことにより得られた効果は、(二)の目的の実現であり、国民的関心の高い将来の国の象徴となる皇太子の結婚を国民と共に祝うことを実現したということができる。そして、結婚の儀は、前記三2(二)のとおり、皇室の伝統的な儀式に沿って行われることとなったため、宗教的な性格を多少帯びたものとなったが、それにより特別の宗教的な関心を高めることになったものとは考えられない。

また、世間一般における結婚式という祝い事に通常儀式が伴うこと、その結婚式のうちに神式のものも多く馴染みがあること、以上のような点から、国民一般は、結婚の儀が神式でされたこと及び結婚の儀が国事行為とされ、国家組織の代表及び自治体の代表がこれに参列したことを自然に受け止め(甲一の一から七)、これを評価したものと推認して支障はない。

したがって、国が宗教的な面のある結婚の儀を国事行為として行ったことは、特定の宗教を援助、助長、促進するような効果をもたらすことになったものとは考えられない。

なお、結婚の儀が国事行為とされたことにより、関連する饗宴の儀を初めとする諸儀式が円滑に進められたという効果が生まれた面も見過ごせない。

(四) 政教分離違反の有無

(二)のような目的と(三)のような効果を考えると、宗教的な面もある結婚の儀を国事行為として国が実施したことは、わが国の社会的・文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という政教分離制度の根本目的との関係で、国と宗教とのかかわり合いが相当とされる限度を超えるものとは認められないというべきである。したがって、いわゆる目的効果基準に照らし、国により結婚の儀が国事行為とされたことについて、憲法二〇条三項に定めるような違憲の宗教的活動というべき理由は見当たらない。

4  饗宴の儀の宗教性の有無

饗宴の儀の内容は、三4のとおりであり、皇太子夫妻の結婚を祝うためのもので、世間一般の結婚する男女の場合の結婚披露宴に相当し、内容的に宗教性は特に認められない。

六  結婚の儀への参列・公金支出の違法の有無

1  結婚の儀への参列

結婚の儀は、五3(四)のとおり国事行為とされ一面で宗教的な性格はあるものの、憲法で禁じられている宗教的活動とはいえないから、この結婚の儀に被告長洲及び被告鈴木が参列したことが、憲法で禁止されている国の宗教的活動に参列した違法のものということはできない。

しかも、被告長洲及び被告鈴木は、宮内庁長官から招待を受け、他にも同様の公的地位にある者が招待されたであろうことを認識の上、それらの招待を受けた者とともに皇太子という将来の国の象徴となる者の結婚を祝う目的で、社会的儀礼の意味で結婚の儀に参列したものである(弁論の全趣旨)。そうすると、被告長洲及び被告鈴木が結婚の儀に参列したことに、違憲違法な点は何ら認められない。

2  饗宴の儀への参列

なお、饗宴の儀は、三4のとおり、宗教的な性格が全くないものであり、国がこれを国事行為としたのは、四のとおり将来の国の象徴となる皇太子の結婚を国民と共に祝うためであり、そのことに政教分離の観点からの格別の問題はない。したがって、この饗宴の儀に宮内庁長官から案内を受けた被告長洲及び被告鈴木が他の招待を受けた公的な立場にある者と共に参列したことについて、憲法で禁止されている国の宗教的活動に参列したというような違法はない。

3  本件公金支出の適否

そうすると、本件公金支出の原因となる行為に原告指摘の違憲違法はなく、被告長洲に財務担当の被告らに対する監督義務違反は認められず、また専決権限を有し本件公金支出関連事務を専決した被告三浦、同由井及び同今野の三名(財務担当の被告ら)の財務会計行為に違法は認められないし、本件公金の支出を受けた被告長洲及び被告鈴木に不当利得は認められない。そして、他に原告主張の違法もない。

七  結論

よって、県に代位して被告らに損害賠償あるいは不当利得金の返還を求める原告の請求は、いずれも理由がない。そこで、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条及び民訴法六一条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡光民雄 裁判官近藤壽邦 裁判官平山馨)

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